音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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Jazz And Blues

コクスンやデューク・リードの作ったスカ・ミュージックを
「あれはジャズだ。ジャマイカならではのオリジナリティが足りない。」
と言ったのはプリンス・バスター。
言いたいことは、よ~く解るつもりですが、音楽の良し悪しはそれとは別の話だよね。

まあ、それはそれとして
スカの楽曲は意外と
「ブルース形式のジャズ」をネタにしたチューンが
スタジオ・ワン、デューク、その他も含めて少ないっすよね。
(勿論、バスターのところにもないですが。)

スカはそういうとことは又違った世界の音楽だとは思いますし、
何となく理由がわかる気はするんですが
説明すると長くなるんでやめておきます。


え~、一言に「ジャズ」とか「ブルース」と言っても
それぞれに様々なタイプの「ジャズ」、「ブルース」があるため
細かく分類しようとすればするほど、逆に「ジャンル」の枠にはめる事の意味、
その事に対しての疑問が浮かんできます。
昆虫採集しているわけじゃないからね。

これは、どんな音楽にも言えることで、
(当たり前ですけれども)どんな名前で呼ばれるか、
よりも音楽、楽曲そのものが良いのか、そうでないのか、が大事なことですよね。


とはいえ、以下のような話もあります。

ソニー・ロリンズやマイルスの名盤で有名な「プレスティッジ」レーベルを設立した
ボブ・ワインストックさんはかなり(いい感じの)適当かつラフな方で
レコーディングのネタに困ると、きまって言うセリフは
「じゃあ、ブルースでも一曲レコーディングしておこうか。」
いつもそう言うので、アーティストを呆れてたようです。

あまりに頻繁にそう言うので、レコーディングに同席していた
名エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダー氏は、そうやって製作されたブルースを
(ボブさんがそう言い始めるのが、いつも午後五時過ぎだったことから)
「アフター・ファイヴ・ブルース」と名付けたそうです。

とか、

コルトレーンがリズム&ブルースのバックバンドにいた頃、
「ホンク」しているところを知り合いのジャズ・ミュージシャンに
見られて、とても恥ずかしそうにしていた。

とか

また、別のエピソードですが
デューク・エリントンさんは「私の音楽をジャズと呼ぶな。」
と言ったことは有名な話ですよね。

       

        blues.jpg

「ジャズはブルースだ!」

”からみ合う黒人音楽の二大源流に境界線はいるのか ”

現在発売中の「Blues&Soul Records」


特集の冒頭、
「ブルースとジャズはどうちがうの?
こんな素朴な疑問にぶつかった経験はありませんか?
ブルースとジャズは黒人音楽を代表するジャンルですが
両者の関係が語られることはあまりないように思えます~」

と記されているとおり、多角的にこの二つの音楽に迫っています。

"スウィングしていれば、ジャズで
シャッフルしていればブルースだ、とは一概には言えない"
このことを解説した「ビートからみるブルースとジャズ」、

佐々木 健一さんが、プレ・モダンのジャズを紹介した
「私の好きな ”クサい” ジャズ」

などなど
この本でしか読めない濃厚な内容。
ですが、難解なカタカナ、専門用語を極力使わずに、
わかりやすく説明してくれているので
ビギナーの私でも大体理解できたし、なにより読んでいて楽しい。
どんどん音が聴きたくなってきます。

ブルース&ジャズ、この両方にゆかりの深いアーティストについても
個別に触れられていて
アーチー・シェップ氏も自分の音楽が「ジャズ」と呼ばれることを
嫌がっていて、「ではなんと呼べばいいのか?」と問われたときに
「ブルースだ。」と答えたというエピソードも載っています。

(原田和典さんの当誌の連載、「魂(ソウル)ブチ抜き音楽」でも
シェップ氏の話が出てきて、これが傑作。
近年のインタヴューで、「貴方の長年にわたる黒人向上の為の音楽活動が
身を結んできているのではないでしょうか。最近は黒人ミュージシャンの地位が
向上してきているように思います。ウィントン・マルサリスとか・・・」
と問われたシェップ氏の反応は
「オレはああいうブラック・ブルジョアを生み出すために活動してきたわけではない。
アフリカン・アメリカン・ミュージックってのはダイナミックなものなんだよ。
それをクラシカル・ミュージックのように扱おうとするなんて、
どうかしているんじゃないのかな。」)

そして、なんと親切にもこの本には全十六曲収録のCDが付いていて
その内容は、チャーリー・パーカー、ベン・ウェブスター、アール・ハインズ、
ミンガス、エルヴィン・ジョーンズ、グラン・グリーン、
アースキン・ホーキンス楽団、ダイナ・ワシントン、ワイノニー・ハリス、
ジミー・ウィザースプーン等のブルース名演集。

1942年から1959年までの幅広い期間から集められた演奏を聞くと
一口に「ブルース」と言っても、様々な表現があるのだな、
と改めて実感できると思います。

「う~ん、でも何かピンとこないな~。」
という人もいるかもしれませんが別に心配要りません。
この本の文中でも、中河伸俊さんがこう書いています。
「ジャズとは何か、ブルースとは何かをいざ説明したり
実際に定義しようとすると結構むつかしい」

中河さんは続けて
「今はジャンル分けされている両者が、昔むかしのベッシー・スミスの時代には
ダンスとエンタメの音楽としてほとんど一体であったことははっきりしている。

バップ以降、ジャズ(と呼ばれるものの少なくともある部分)が
どんどん芸術化の一途をたどり、両者の区分に見えやすい根拠ができた。

にもかかわらず、ジャズの中には演奏のフォーマットや素材として

そして、フィーリングのルーツとしてのブルースがしっかり残っている。
それはジャズという音楽形式の本性がそうさせるのだ、と私は思う。」
としています。
基本的には、大筋、私もそういうことだと感じていますので
あとは個別のアーティストがどのような「ブルース」を表現しているか
どんどん聞いて、味わうだけですよね。

【 2011/11/28 23:20 】

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Roots Of Rock

ジャマイカのサウンド・システムでポピュラーだった
1950年代のブルース、リズム&ブルースをプレイしていると
「石川さん、ロックも回すんですね。」と言われることが、ままあります。
又、ジャンプ・ブルースをプレイすると
「ジャズもかけるんですね。」とか言われます。

そんな時、
全然嫌な気はしないので、適当に「うん、うん」と頷いています。
(説明するのが面倒だ、という事と
うんちくは聞きたくないだろうな、という理由も正直ありますがw)

「Schola 坂本龍一 音楽の学校」

” 1950年代にアメリカで生まれたロックンロール。
その母体になったといわれるのが白人音楽の「カントリー・ウェスタン」
と黒人音楽の「R&B」である。
この両者がどのように融合してロックンロールが誕生したかをたどる。
ワークショップでは、生徒のアマチュアロックバンドが、
カントリー&ウェスタンの曲のリズムをアレンジ。ロックンロール誕生を追体験する。”


今週土曜日、午後十一時からの放送。

ロックのルーツを巡る内容のようで楽しみです。

アフロ・アメリカンの生み出したストリート・ミュージックであるブルースを
白人がどう真似していったのか、どこが真似できなかったか。
そんな中で、どうやってオリジナリティを育んでいったのか。
等のトピックも出てくるのではないでしょうか。

ダウンホームなブルースを参照するだけでなく
ルイ・ジョーダンあたりの音源からも語ってもらいたいな、と
個人的には思っています。



【 2011/11/24 21:07 】

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Road





【 2011/11/23 20:39 】

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Rear Window

「人間は 
”自分が本当は何を見ていないのか”
を見ていない」



え~先月だったでしょうか、
BSでヒッチコックの「裏窓」を久々に観ました。

皆さんご存知のいわゆる、ひとつの名作ですよね。

が、しかし
この映画、ごく簡単に言うとラストは

”事件は解決されてハッピーエンド”

なのに、なんか腑に落ちない、モヤモヤしたスッキリしない感じ、なんだよなー。


ハリウッド・ミステリ・サスペンス映画としては過不足のない結末である、
とは理解出来るのだが、どこか不自然というか。釈然としない。
なんか騙されているような、大事なものを見過ごしているような。

あえて深読みする必要もないんでしょうけどね。

でも、そういえば、高校生の頃に初めてこの映画を観た時にも
「あれあれ?これで終わり?」と拍子抜けしたことを思い出しました。
その時は、そのなんとも言えないモヤモヤした思いを解消することもなく
「まあ、いいか。グレース・ケリーはキレイだったな~。」と
そのまま、このことは放置して記憶の彼方に忘れ去られていた訳です。

そのモヤモヤを長い間放置していた、忘れていたからといって、そのことで
オレの人生に何らかの支障があったわけではないんで別にいいんすけどねw

grace+kelly_convert_20111120210032.jpg

REAR_WINDOW-76.jpg

映画の解釈は観た人、それぞれでよいと思うし
観客に「私は、このように解釈した。」と、そう伝えられたなら
よほど否定的、無茶苦茶な解釈でない限り、監督、制作サイドは
「貴方がそう感じたなら、その通りですよ。」と答えることでしょう。
それが、「開かれた」映画だ、と言って良いのではないでしょうか。
極論かも知れませんが。


とはいえ、この「裏窓」
映画マニアの方は、とっくに自分なりに納得できる理解、解釈をなさっていることと
思いますが、ど素人の不肖、私としては、この機会にこの「モヤモヤ」を解消すべく
もう一回観てみました。DVD借りて。都合三回目。

が、やっぱりスッキリしないんだな、これが。
ますます、ハッキリしないところが目についただけで。
例えば、犯人と疑われる男が花壇を掘る場面があるけど
その時にはまだ彼の奥さんは行方をくらませていないよね。
消えるのは、その後のはず。などなど。
う~ん。この男、本当に事件の犯人なのか?






まあ、ここまでがオレの限界だな、と思いつつ
映画マニアの方はどう観て、解釈しているのかなと興味がわいたので
試しにインターネットで検索してみました。
が、膝をうつような、「なるほど!」と思うようなものは
見事なくらいほとんどありませんでしたね。
そのことが、少し嬉しかったです。
手軽に無料で、簡単に価値あるものが手に入るなんて
考えが甘すぎますよね。


つーわけで、
色々、たくさん出ているヒッチコック関係の書物にあたってみたんす。
でも、オレ的にで、大変恐縮なのですが、「う~ん」と唸るような文献は見つからず。
大体、映画評論って無知なオレには難解な専門用語が多くって・・・。


そんな中で

「事件は無事解決、映画は大団円へ。
いや、男は本当に妻を殺害したのでしょうか?~」

ということが書かれている加藤 幹朗さんの「ヒッチコック”裏窓”ミステリの映画学」
を発見。

「殺人事件は本当にあったのか?なかったんじゃない?」
という視点で語られる前半部は必読です。


「中年夫婦の間に本当に殺人事件がもちあがった
という客観的証拠がないにもかかわらず、
誰もが事件は実際に起きたと
思い込んでしまうことのほうが
問題であるような映画。
それが”裏窓”なのです。


そして、この奇妙な事態にほとんど誰も気をとめることのないまま
今日に到っていることを、私たちはミステリの問題というよりも
むしろ、映画史と認識の歴史の問題として引き受けねばならないはずです。~」

などなど、映画の詳細を見つめ、「裏窓」のミステリ構造を明らかにしています。



もう一冊は
内田 樹さんの「映画の構造分析」。
この本でも、「裏窓」(と北北西に進路を取れ」)が取り上げられてます。

その中で、この”殺人事件”自体が「にせの餌」のようなもの、
注意をそらすためのわかりやすい謎、であり
「私たちが見ていないもの」が、
そことは別の場所にあることを忘れさせるために(その殺人事件と思われう事件が)ある、
との解釈をしています。


つまり、
事件は、
それ自体がヒッチコックが画策した「おとり」

だったという解釈。

ヒッチコックが見せないようにしているのは、
事件があったと思われる部屋ではない。

では、「自分は何を見落とし続けているのか。」、
「自分が何から目をそらすように仕向けられているのか。」
(蛇足ですが、「見落とし続けているもの」は
グレース・ケリーがはめた指輪ではないですよ、勿論。
それとは、違うものです。)

しかし、
この「自分たちが何から目をそらすように仕向けられていたか。」
と述べられる”何か”=「物語の機能の全てが
それを隠蔽することによって成り立っている」もの。
それが少しだけ画面に現れるんです。
確かに出てきます。


この本を読むまでは全く気が付かなかったな~。
いや、初めて見た時の違和感はこれを見たことが原因かな、とも思うんですが
なにぶん、昔の話なので記憶があいまいですw

詳しくは、前記の書籍を読んでみてください。

繰り返しますが、
解釈、判断はホントに人それぞれであります。
でも、オレはだいぶスッキリしましたね。
もう一回くらい観れば、自分なりの解釈ができるんじゃないかな。


【 2011/11/20 23:30 】

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The 400tears issue

"bmr"、通算400号。

月刊誌としては、今号が最後となるようです。

Image344_convert_20111114172818.jpg


「bmr」

始めは、ランキンさんの「ジャマイカたった今」だけを立ち読みしてたんですが
シスコに入ってから以降、かれこれ二十年近くは購入していたので
(たまには買わない号もあったけど。)
毎月の発売がなくなったのは少し残念です。

特集等の前半に載っている記事が勉強になったのは言わずもがな、ですが
後ろのほうの連載ページが何しろ素晴らしい雑誌だった、と個人的には思っています。

それと、ジャマイカ音楽ファン以外は読んでなかったかも知れませんが
渋谷さんのダンスホール・シングル・レヴューも面白かったですよね。
メチャ、オリジナリティありました。


でも、今後も隔月で発行されるようなんで変わらず愛読するつもり。
そして、松尾潔さんの単行本、期待しています!!

【 2011/11/14 16:37 】

soul  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

Rock With You

あまり指摘されることはなかったけど、ラップ上手かったですよね。

Heavy Dさん、R.I.P.





【 2011/11/11 21:46 】

soul  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

八ヶ月

政治家の皆さんは、原発問題や被災者よりも
T.P.Pのことで頭いっぱいなんでしょうね。
(この機に乗じて、って感じが濃厚ですけれど。)


「平時の発想では前進しない。」

有名無実の復興庁など被災地は望んでいない。白紙から議論し直すべきだ。


 ”あらゆるヒト、モノ、カネを結集した「タスクフォース」型官庁にしなければ、
復興をスピード感を持って一元的に実施することなど不可能だ。
 ところが政府案だと、
地元の要望や意向は復興局―復興庁―各府省の本庁―各府省の出先機関という、
まだるい手続きを踏まなければ実現しない。
それこそ平時の発想、二重行政ではないか。
復興庁の権限が軽ければ、閣僚の増員も必要なかろう。”



【 2011/11/11 07:56 】

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The Man

"Smokin" Joe Frazier

R.I.P.

アリとの三試合は伝説です。

「Fight Of The Century」






【 2011/11/08 22:31 】

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いつかまた

なんとかレッズに頑張って欲しい、と願う今日このごろ。
(マゾーラくんをうまく機能させる方法ってないのかなー、
 と個人的には思っちょりますが・・・。う~ん、ないかな。)

苦戦が続くレッズに比べて、今季のベガルタの粘り強いこと。
こう言っては失礼ですが、あの選手層でここまでやるとは。
素晴らしい奮闘。

以下はマルキーニョスのインタヴュー

「いつかまた日本に戻りたい。」


【 2011/11/08 16:28 】

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月給40ドル

最近、ファストファッションと呼ばれているものを含め
安価な衣料品はバングラデシュで作られているものが多いようです。

中国の人件費が上がってきているので
世界各国の衣料製造拠点がバングラデシュに移ってきたみたいだ。

(それでも、中国の製造業で働く一般の人達の一ヶ月の給料は
日本円で三万五千円くらい。時給240円、ってことですか・・・)

でだ、バングラデシュの人の時給はいくらかわかりますか?


「グローバリストを信じるな。」



バングラデシュの人達の時給は、なんと 15円。



ちなみに・・・
日本で工場を建設するのに大体、十億円かかるとして
それと同規模の工場を中国で作るのには、幾らかかるか、つーと
五千万円だそうです。二十分の一。

【 2011/11/03 05:46 】

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