音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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Rock The Joint Boogie



東日本は長い梅雨のような日々が続いてますが、
そんなスッキリしない天気を吹っ飛ばす
1950年代のサウンド・システム・クラシック。
最高のピアノ・ブギ。










【 2017/08/21 17:34 】

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In This Corner Of The World



昨年11月からロングラン上映中で、
8月になってからまた上映館が増えている「この世界の片隅に」
今年になって世界各国でも上映されています。

2009年に出た原作全3巻がなにしろ素晴らしかったので、封切時に私も観ました。
思えば映画館でのアニメは、子供のころに「ナイル殺人事件」と二本立てだった
「ルパン対マモー(複製人間)」を観て以来。

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この映画に関しては、各媒体、メディアで語りつくされている感もありますので
そちらをご覧いただければと思います。
とても詳細な解説が仰山あります。

私的には傑作の一言でおさめたいところですが
一寸だけ感想を。
この主人公は、夢見がちというか、
かなりボーっとしていることはしているんですが、
一方で、いや、だからこそかな、
子供のころの墓参りのシーンでは一人歩みを緩めて海のほうを観たりして
ある種ゆったりした、セカセカしていない性分でもある。
なので、「戦争中でも蝶は飛ぶ」のが見えるんですよね。
視野が狭くなったり観念的に考えたりしがちであろう戦時下、状況でも、
彼女は目の前の現実を正常に認識しているところもあります。
多くの人が気にしなかったり、目に入らなかったりする事象
でも確かにそこにあるものが認識できている。だから、絵が上手いんですよね。
(そうでなくなる時も劇中にありますが)

戦争中、「非常時」という言葉でもって、実際に脱線したのは軍部と右翼とその取り巻きだけ
一般の人たちの多くはそんな言葉に振り回されたりはしなかった、という
戦中を生きた人の発言を読んだことがありますが、
この映画は正にその様子を隅々にたたえています。

「過去だけれど、そこにあったその時の現実。それを正常に認識する」ということが
この映画全体のキー・ポイントにもなっているんじゃないでしょうか。

原作も当時の暮らし、出来事の日時などを細かく調べ書き上げられたものですが
本映画は、監督が史実を更に徹底的に調べ上げてつくられたものです。

高射砲の弾幕、というか、その墳煙は色とりどり。

爆弾の衝撃で海に浮いてきた魚。
それが食卓にあがる。

B29が飛ぶ空は、澄み渡るように青い。




爆撃するための飛行機が飛んでいるからといって
空が俄かに曇ったり、荒れ狂ったりはしない。当たり前です。
この映画のその美しい空の青さを観て、
私は東日本大震災の当日夜の仙台の空が頭に浮かびました。
(戦争と自然災害は全く違うものですが)

以前、ジャマイカで生活していた時に田舎の山中で見たキラキラと
それはそれは沢山の星が瞬く美しい夜空に見とれた経験があるのですが
あの日の仙台の夜空もそれと遜色のない星空。
驚くとともに、こんな時に今まで見たことのないような満天の星空か、と
そぼ降る雪も相まって、少しゾッとするような感じを受けました。
同じように、あの日に夜空を見た人の中には、それを啓示的に
とらえた人もいたようです。
無理もない。


ただ、語弊があるかもしれませんが
あれは電気、ガスが宮城県内全域で完全にストップしていて
夜になってから車も緊急車両以外は全く走らない、
出歩く人もいない、という状況が生んだものだと思います。
日本の各所にある、人が住んでいない山奥に行けば、
あのような夜空は晴れていれば当たり前なように・・・




漫画原作の映画は、「原作読んでから映画を観たほうが良いのか」、
「読まないで観た方が良いのか」、「観てから原作よんだほうがいいのか」、
「原作読んでほしいから、映画を造ったのか」
という根本的なというか、構造的なアレが、ありますが
この映画の場合は監督自らが「原作読んでほしいので映画化した」
ということを明言しております。
私は、原作読み込んでから、映画を観ることおススメします。
が、映画冒頭部分
原作では描かれていない窓ガラスに映り込む人々と風景はホセ・ルイス・ゲリンを、
青い空と白い雲は「プレイタイム」を思い出させ、その端正な映像に引き込まれて
この時点で涙腺がやばくなッた人続出のようです。
悲しい場面ではないんだけどね。
また、音響面もたいへん緻密な映画なので、未見の方は是非映画館でどうぞ。







【 2017/08/06 12:09 】

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Bennison Joy Hop


1950年代からキャリアをスタートさせたジャマイカの鍵盤奏者で
数多のバンドも率いたセシル・ロイド。


彼が十代のころは観光客向けホテル・バンド活動がメインだったようですが、
そのホテルの経営に関わっていたアメリカ人に見初められて
1958年にはアメリカ録音のアルバムを "20th Fox "からリリース。
そのレコーディングではアメリカのベイシスト、ロイド・トラットマン
(スキャタライツがカヴァーした1959年のサウンド・システム・クラシック「Trottin' In」の作者)
らと共演。

セシル氏は、牧師の息子だったので、幼少期から教会のオルガンを弾きまくっていたそう。
また、過去のグリーナー紙やジャマイカ音楽の書籍には
NYのクラシック音楽の名門、ジュリアード卒という記述がありますが、
前述のアルバム解説文には、お母さんがジュリアード音楽院で勉強していた人だとあり
どっちが本当か、またはどっちも本当かはわかりません。
少なくとも母親がジュリアードに通っていたのは確かでしょう。
音楽的には恵まれた環境で育ったことがうかがえます。
(ちなみに当時のジュリアードにジャズ科はありません)

その後も、自らのトリオなどでジャズ・アルバムを録音。
それら1960年代のジャマイカ盤ジャズ・アルバムはレアーなこともあいまって
マニアには大変人気があります。
が、この人は良い意味でなんでもござれ(でないと、ホテルのバンドは務まらない)。
ジャマイカ音楽マニアがいだきがちな「ジャマイカ・ジャズの偉人」という
パブリック・イメージが全くの間違いとは言いませんけれども、
そのキャリアを俯瞰するとイージー・リスニング調から、エレガントなクバ、ラテン・ラウンジ、
はたまた、リズム&ブルースのインストゥルメンタルまでと演奏の範囲はとても幅広い。

勿論、1960年代前半にかけては、コクソンらとジャズ系以外の仕事もしており、
特にプレ・スカ期のジャマイカン・シャッフル時代には、ピアノ演奏だけでなく
サウンド・システム向けにビル・ドゲット風のファンキーなオルガン・プレイも披露。
カッコイーです。

そんな中から、1曲。
プリンス・バスターのサウンド、ヴォイス・オブ・ザ・ピープル・クラシック!
バスター自身のプロデュースで "Wirl "レーベルからリリースされた
セシル・ロイド&バスターズ・オールスターズ 「Bennison Joy Hop」








【 2017/08/01 14:19 】

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