音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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Blues

ジャマイカではデルロイ・ウイルソンが(バニー・リーのプロデュースで)
カバーした1951年発売の一曲。

Ray-O-Vacs 「My Baby's Gone」

この曲の"You Tube"コメント欄には
「1950年代にビーチ(のサウンド・システム)で、レッドストライプ片手に
この曲を聞きながら、ビートにロックしていた。」というようなコメントが
現在海外で暮らしているジャマイカ出身者から寄せられております。
(当時のジャマイカでは、この曲「Shock Attack」と呼ばれていたそうです。)

後述しますが、典型的なブルースの歌詞と構造を
一種、独特のサウンドで聴かせる一曲で
そのサウンド面での最大の特徴はドラム。
このリズム・パターンを聞いて連想するのは、ルンバ、もしくは
アフリカの、またはアフリカをルーツとする類のパーカッション演奏ですよね。
(ナイヤビンギを連想される方も多いでしょう。)

そのビートに絡むサックス、ピアノの演奏はあくまで、軽妙洒脱なので
かなり個性的な演奏なのに全体としては、とてもスッキリしたバランスになっています。

テンポも速からず、遅からず、
まさにサウンド・システムの大音量で映えそうな音作り。
1950年代のジャマイカで人気があったのもうなずけます。




で、このチューン、
(以下はブルースの熱心な愛好者からは「何をいまさら。」と言われる内容
なのですが、あんまりブルースに明るくない人向けに簡単に説明しておきます。)
「朝起きたら~だった。」と始まる歌詞もそうですが
二番以降もはじめの一行と同じ歌詞をもう一回繰り返して
そのあとの三行目でなんらかの心持ち(のようなもの)を歌う
という、典型的なブルースの構造をもっています。
(そういう構造、歌詞ではないブルースも物凄くたくさんあります。念のため)

この曲が発売された時点で、こういった歌詞、構造は
既に常套句的に定着していたと思われ、歌詞の内容がどうだ、というより
こういった定番の素材をどう聴かせるか、どういうサウンドで響かせるか
に重点をおいて音作りがなされていたようです。

が、歌詞についてちょっと触れると・・・
聞いてもらえれば(簡単な英語なので)わかると思いますが
(この曲では「朝起きたら彼女がいなかった」と始まります。)
最後の四コーラス目まで聞いても、明確なメッセージが有るようで無く
特別にストーリーがあるわけでもなく、何を言わんとしているのか、は
ハッキリしないまま、というこれぞ、「ザッツ ブルース」な歌詞です。
只、”朝起きたら彼女がいなくなっていた。”という現実と
その現実に対峙した自分の心持ちを(一応、悲しんではいるんですが)淡々と描いています。
(でも何か、当時の彼らのコミュニティーにしか解らない暗号
のようなものが隠されている可能性もあるかも。)

きっちりとした結末、結論があるわけでもなく
ドラマチックなストーリーがあるわけでもない歌詞は、
現在の音楽に慣れた耳にはシュールにすら響くかも知れません。
(「朝起きたら、私は虫になっていた。」っーのには、かないませんがw)

(こういったストーリー性の薄い、歌詞を読んだだけでは
結局なにを言いたいのかわからない、という歌はブルースだけに限ったわけではなく
日本の歌にもあります。例えば、北島三郎さんの「与作」
コール&レスポンスが組み込まれているところもブルースの歌詞に近い、ですよね。)


眼前の現実を特段、肯定するわけでも、否定するわけでもない、
現実に必要以上の意味付をしない、
けれども、というか、だからこそというか、
ブルースは聞き手のイマジネーションを最大限に尊重した「終わらない歌」で、
解釈は聴き手に委ねられ、そして、清濁併せ呑むようなタフさがある
ということもできるのではないでしょうか。
「喜怒哀楽」だけでない色々な、様々な感情がごっちゃに込められている、ように聞こえる
という人もいらっしゃいます。全く、正にそのとおり、だと思います。
(偉そうで、すんません。)

過剰な「切ない、やりきれない。」とか、「悲しい、わかって私の気持ち」とか
「いや、でも頑張るんだ。」とかいう表現を露骨に見せ、
人々を共感の渦に巻き込む歌とは対極にある音楽ですね。
(そういうタイプの音楽が悪い、といっているわけではないですよ。)

サウンド、メロディーの点でも凝った構成や
華麗なコード進行で最後にカタルシスを与えるような音楽とは
対極の「反復の美学」でもって聴かせる音楽なので、
受身で「楽しませてくれ、感動させてくれ。」という態度で歌を聞く人たちにとっては
こういったブルースのような音楽は「なんのこっちゃ」で終わりかも知れません。

でも、「喜怒哀楽」という感情を超えたものを聴き手に与えてくれる音楽です。
それこそが、音楽だけが持つ最大の魅力と私なんかは思うんですけどね。

と、講釈たれてみましたが、講釈聞くより実際の音楽を聞くほうが千倍良い、
ということに間違いございませんので、興味ある方は色々と聞いてみると
よろしいんではないでしょうか。


【 2012/01/27 06:27 】

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