音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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Rare Groove

名著「Bass Culture」でも触れられていますが
1940年代後半から、スカが本格的に台頭してくる前、1960年代前半までの
ジャマイカのダンス、サウンド・システムは
ヒット曲以外のアメリカン・ブラック・ミュージック、
その中でも知られていない良い曲をプレイして盛り上げていた、
(誰でも知っているような曲では、サウンドの専売特許としてアピールできませんから。)
という点で、正に「元祖レア・グルーヴ」の現場でした。

なので、
1960年代初頭までにジャマイカでは既に人気のあった曲が
後にアメリカ、イギリスで遅れてヒット&遅ればせながら(?)再評価される、
というケースがままみられ、現在に生きるものの特権として
オレなんかは「ジャマイカンは耳良いなー」と感心するわけです。

例えば、有名なところで

ニーナ・シモン 「My Baby Just Cares For Me」

ジャマイカでは、1950年代後半からダンスで良くプレイされていたそうで、
カバー曲も多いし、コクスンがシングル売ってたりしてましたよね。

今では、ちょっと音楽好きな人なら大概は知っているであろう有名曲かつ
ニーナ・シモンの代表作であるこの曲、
実は西欧で一般的にポピュラーになったのは1987年にシャネルのCMソングに使われてから。
この曲がアルバムに収録されてから三十年後のことです。
そのニーナと当チューンの面白いエピソード、顛末は
「だけど、誰がディジーのトランペットをひん曲げたんだ?」
の ”幸福を運ぶアルバム”に詳しい事情が書いてありますので
是非、読んでください。(ニーナ本人は、この曲あんまり気に入っていなかったんだって。)


で、
もう一曲、同じようなケースの好サンプルを。

ジョニー・アダムス 「I Won't Cry」

彼のソロでのデビュー曲で1959年発売、
その発売時にリアルタイムでジャマイカでは人気があったルイジアナ・ソウル
のサウンドマン・クラシックなんですが
アメリカでヒットしたのは、このシングルが再発された1970年。
約十年のタイムラグがあります。
アメリカのアーティストの曲なのにw

ちなみに、この曲のプロデューサーはドクター・ジョン!です。





【 2012/02/16 20:34 】

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  *  [編集] 【 2012/09/04 13:06 】

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