音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

六月十二日

昨日で震災から一年三か月、
そして、三十四年前の六月十二日は「宮城県沖地震」がおきた日。


「人間の忘れっぽさは「3」という数字が鍵だという。
飽きてしまうのは「三日坊主」の言葉通り3日。
被災のようなつらい経験でも3カ月で記憶が薄れ、3年ではだいぶ忘れてしまう
個人と比べて長持ちする組織でも30年で風化する。
「失敗学」の畑村洋太郎東大名誉教授が著書に書いている。
東日本大震災の33年前に起きた宮城県沖地震(1978年6月12日)の記憶も、
どこか頭の隅っこに追いやられていた」

河北新報。
クリックすると全文読めます。全文といっても、とても短いです。
(東大の先生の本からの引用部、”三か月で記憶が薄れる、
三年でだいぶ忘れる”とはオレはまったく思いませんが。)



三十四年前の宮城県沖地震の時は子供でした。が、記憶は鮮明に残っています。
なにしろ、揺れが強烈だったので。
昨年のあの大地震と比較しても同じくらいの激しさだったような。
(昨年のは二重三重に揺れ、しかも三倍以上?長い時間激しく揺れたんですが。)
当時その時、子供のオレは机の下にもぐってましたが、
ものがガラガラと音を立てて落ちてきた光景、
地面が軋むように、轟音と共に激しく揺れたこと、
そばにいた小さい弟の動揺を静めていたこと、などその間はハッキリ覚えています。
友達は「道路が大きく波打って見えた。勿論、立っていられなかった」と後で言ってましたね。


とにかく、個人的には以前の「宮城県沖地震」を忘れることはなかったんですが、
「生きている間にあんなでかい地震にあうことは、これからあるまい」、
という思いが強かったですね、正直いうと。
一生のうち、何度もあんな地震にあうわけはない、
一度あったから、今後はないだろう、となんとなく、そう思っていたわけです。
オレのようなスーパー楽観主義な男でなくても、そう思っていた人は
少なくないのでは。
「いや、そんなことないよ」という方も多いでしょうけれど。


しかし、まさか、あのような凄まじい、もっとでかい地震が起きるとは、
同じ場所でそれにあうとは、まったく予期していなかったというのが
個人的には偽らざる気持ち。
(揺れがきてしばらくしてから、雰囲気で「あ、ヤバいの来たな」と思いましたけど。
なんとか、無事でいれたことに感謝であります。)
それに、もう忘れた人もいるかも、ですが沿岸部には、ところによっては
30メートルどころか40メートル超の津波が来たのです、実際に。
(10メートルの津波で、おおよそビル3階建てを超える高さです。)


なので、(みなさんをおどかすつもりなど、これっぽっちもありませんが)

「いつどこで、なにがあるかはわからない、こと自然に関しては特に」

というシンプルな、本当に当たり前のことを身に染みて感じました。
三十三年の間に起きた二つの地震によって。



あらためて、二つの地震で亡くなられたかたのご冥福を心からお祈りします。


【 2012/06/12 19:48 】

未分類  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)