音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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The Birth Of A Sound

「Studio One Jump-Up」
好評発売中です。

アナログは二枚組。
日本盤CDは私がライナー書いているので、そちらも、よろしく。

studio one jump up

全二十曲中、コクソン・ドッドが自分のスタジオをオープンさせた
1963年以降の音源は6曲。
その他14曲は、それ以前の初期プロデュース音源です。
(ラッセルズ・パーキンス「Little Joe」が正規のCDに収録されるのは
初めてではないでしょうか)

もとは1950年代後半、サウンド・システム用の一点物スペシャル、ダブ・プレート
として録音された音源で、1960年以降に7インチ・シングルとして市販された楽曲も
多数収録されています。

そのサウンド、ヴォーカルともに雛形になっているのは、
おおむね1950年代のアメリカン・リズム・アンド・ブルース。
ですが、管楽器奏者の演奏は、リズム・アンド・ブルースの「ホンカー」的な演奏ではない、
という点にフォーカスして聞いても面白いと思います。
(勿論、中にはシンプルなフレーズの反復でブリブリ、ブイブイとブロウしたり、
音をひずませたり、ゆがませたりしてブルースを表現しているホンク演奏もありますし、
アメリカのリズム・アンド・ブルースの中にもホンカー的な演奏が入っていない曲も
インナー・シティでは1950年代半ば以降主流でなかったとはいえ、あります)

1950年代後半からのジャマイカン・ミュージックの音造りを説明する際に
「二拍四拍のアクセントを強調し、あえてリズムを訛らせたジャマイカ流の
サウンド・カスタマイズ」は語られることが多いですが、
前述の「アメリカだったら、いかにもホンカーがシンプル、豪快に演奏しそうなタイプの
サウンドでも、ジャマイカの管楽器奏者はホンクせずに綺麗な音色を素直に生かした、
しかも結構手の込んだビ・バップ以降のモダンジャズの影響も感じさせる演奏をした」
という点は、あまり話題になることは多くないようです。

このアメリカン・リズム・アンド・ブルースとジャマイカ管楽器奏者のジャズ嗜好が
折衷されたサウンドは1962、63年くらいまでの時期に特有の個性です。
その後、ビートがテンポを上げ、スカが完全にオリジナリティあふれるフォームを
固めてジャマイカのリズムを刷新したあとには、このキメラ的なサウンドの妙は
(音楽の良い悪いとは別に)後景になっていきます。

なので、好事家の方々はそのあたりもじっくり聞いてみてください。

1950年代にトム・ザ・グレイト・セバスチャンのセレクターとして
音楽活動を始めたルー・グッデンさんの著書「Reggae Heritage」中の
ジョニー・ムーアさんのインタヴュー
「そのころ(1950年代中頃以降)ジャマイカで演奏されていたのは
ほぼアメリカン・タイプのリズム・アンド・ブルースだったのですか?」
という質問にムーアさんは「そうだ、まさにそうだ」と答えた後、
「アメリカのジャズも人気がありましたか?」という問いには
「アメリカのジャズはジャマイカでもとても人気があった。
ジャズを演奏するナイト・クラブもたくさんあったし。
しかし、1950年代に入って時間が経つにつれ、オーディエンスは
リズム・アンド・ブルースを欲するようになってきたんだ。
ルイ・ジョーダンやロスコ・ゴードン、ファッツ・ドミノなんかのね。
でも、ホーン・プレイヤーはジャズを演奏したかった。

私たちの演奏を聞く人達はキングストンのダウンタウンにも、アップタウンにもいた。
アップタウンの人々はジャズを、ダウンタウンの人々はリズム・アンド・ブルースを
好んでいた。君も知ってるよね。

だから、私たちは演奏する場所によって微妙にセットを変えて対応していたんだよ。」




【 2015/03/14 17:18 】

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