音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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Rggae Heritage 2

前回アップした書籍「Reggae Heritage」の続きに行く前に・・・

音楽史に限らず、歴史として編纂されたものは
多かれ少なかれ例外なく偽史としての側面があると思います。

(「完全に正確な記憶」というものが存在するのか?
何らかの抑圧が働いて、とある経験が記憶に残っていなかったりするのは誰にでもあり得るし
忘れてはいないけれど、その事実が違う形やイメージにアレンジされていないか、
自分が耐えやすいイメージに記憶が書き換えられていないのか?
そして、更に重ねれば、生身の人間が書いたり、語ったりする限り、
その人の視点や考え方によって同じ事柄についてもどこをどう切り取るか、
どこにフォーカスするのかが違えば全く異なる歴史が語られたり書かれたりしますよね)

まあ、誰がどう考えても「これは違うだろう」というものも確かにありますが、
人間が何かを見ているときには、別の何かは目に入っていないのですから
完璧な歴史というのは原理的というか構造的に存在しないでしょうし、
それについてとやかく言うつもりもありません。
でも、いや、だからこそ
興味ある分野の過去について話を聞いたり、本を読んだりして
色々知っていくのって楽しいですよね。
音楽に関して言えば、音だけ聞いて自分で推測するのが一番ですけど
ある程度の予備知識はあればあったで悪くないっす。
それを鵜呑みにするのは、どうかなと思いますが。

例えば、これは「Reggae Heritage」に書かれていることではないのですが
あるCDのライナーで、1950年代にキングストンのダウンタウンに暮らしていた人の
面白い発言を読みました。
それには
「キング・エドワーズが1959年頃に自分のサウンドシステムでプレイする為に
千枚単位の物凄く大量のレコードをアメリカで買い付けてきた。
デューク・リードやコクソンがスペシャルとして独占していたレアーなレコードも
ほとんどキング・エドワーズは手に入れることに成功。
しかも、それらをマスターとしてシングル盤(ブートでしょうね)
をプレスして各所で売り始めた。
今までは、デュークやコクソンのダンスに行って聞くしかなかった音楽が
シングル盤を買う金さえあれば手に入れることが可能になったのはこのころからだよ。
キング・エドワーズのオペレーターの兄弟はアメリカに住んでいて
定期的にレコードを送ってくることも可能だし、彼らは資金もある。
なのでデュークやコクソンはこの先のサウンド・ビジネスの行く末を案じ始めた。
今までのようにはいかないかもしれないとね。
それで、デュークとコクソンはジャマイカ人アーティストの音源製作に
本腰を入れるようになったんだよ。」
確かにジャマイカ人のダブ・プレートを一点ものスペシャルとして活用できれば
キング・エドワーズに買われる心配をしなくて済みますからね。
身内がかっぱらったり、持ち出さない限り(笑)

ジャマイカン・アーティストによるレコーディングが1950年代末から
活発になってきた理由は一つではなく複数の要素が絡んでのものだとは思っていましたが
「1950年代後半から(実際はエルヴィスがブレイクした1956年頃から徐々に、でしょう)
アメリカの音楽トレンドが変わり、ダンスに行くようなジャマイカ人が好む
ジャンプ・ブルース、シャッフルが段々と手に入りにくくなったから」
と言うのが一般的かつおそらく正しい認識ですけど、前述の発言は初耳。
しかし、当時のジャマイカンが音盤にかける執念には凄いものがありますね。
レーベルを削ってアーティスト名も曲名もわからなくしてあるレアーなレコードを
アメリカまで行って探し当ててくるんですから。
インターネットなんて、そのころは当然ありません
自分の耳だけが頼りです。


というわけで当時のキング・エドワーズが重用した1950年録音の
サウンドシステム・クラシック






グッデンさんの本「Reggae Heritage」については(多分)また次回以降で。




【 2015/06/17 12:13 】

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