音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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Soul Style

前回の続き。

ルー・グッデンさん著「Reggae Heritage」では他にも
巷間で一般的に認知されているもの、マニアの間でのみ知られているもの問わず
ジャマイカのカルチャーに関する記述について指摘が加えられております。

そこまで細かく言うか、という点もありますが説得力あり。
(レゲエ誕生までのジャマイカ・ポピュラー・ミュージックのことだけでなく
「クミナ」のことやマーカス・ガーベイの史実に関しても
元来のものとは違う見解を細かにハッキリと記述してあります)

以下はグリーナーの音楽記事を引用し、誤りを指摘している部分から。

スキャタライツの活動期間について、1963年からというのは誤りで
正確には1964年の6月からだと正しております。
(なのでスキャタライツの正式な活動期間は1965年8月までの
僅か一年と二か月ということになり、この本の後半にもそのことが書かれています)

また、セオフィラス・ベックフォード「Easy Snappin'」をスカの最初の曲だ、
というのは間違い。あれは「ブルー・ビート」でスカではないと。
ブルー・ビートの意は「Blues With Heavy Beat」で、
メントの後、スカの前のジャマイカ産音楽という解説もあります。

加えて、
「ロックステディの全盛は短い間で、1968年にメイタルズの「Do The Reggae」
が発売されて終焉を迎えた」(これ一般的には、この1968年発売が通説ですよね)
という部分の1968年は間違い、「Do The Reggae」は1967年に既に録音されている。
細かいですが、こう言い切れるのは彼が当時レコード・プレス、販売に
関わっていたからでしょうね。なので、信憑性は高いと思います。
大体にして、ジャマイカ音楽のジャマイカでの発売年のメディア表記は
いい加減か超メチャクチャだと思われるものが多い。(苦笑)
確かに正確なところは謎、だというような昔の音源もありますが
特にインターネットには「明らかに違うな」、というのが
山のように、まさにマウントされています。
私見で恐縮ですが、私が新譜をリアルタイムで買い、その後は仕事で
ジャマイカからレコード輸出したり、日本で売ってたりした期間
1980年代後半から2000年代後半までのレコードですら、発売年の表記
は誤っているものが現在沢山ある。というか誤っている者の方が多いかも。
いちいち指摘しないけどね。
というわけで、「Do The Reggae」は1967年録音というのはおそらく本当。
1967年には既に「レゲエ」という名称の新しいダンスと
ロックステディとは違うよりテンポの速い、アップリフティングな
初期レゲエサウンドが録音され、ヒットしていたことになります。

また、この本の中盤には、メント、ブルー・ビート、スカ、レゲエ、ダンスホール、
其々の説明と始まった時期の記述がありレゲエは1968年から、となっていますが
文中には1967年後半から既にレゲエのサウンドは胎動を始めていた、とあります。
そして、ロックステディからレゲエに移行した要因の一つに
「イングランドのレコード市場から速いテンポを要望された」、ということを挙げているのも
興味深い。あの国はよっぽど速いの好きなんですね。そんなに寒いか(笑)
(ウェイラーズの「Catch A Fire」をピッチ速くしたのは有名ですが、
あのJ.Bの「Night Train」もイギリスではピッチを速くして
イギリス盤シングルとして発売したくらいですから、よっぽど、ですよね)
とまれ、ジャマイカのプロデューサー達は(今はともかく、以前は)
イギリスの市場をかなり意識していたことがうかがえる一節です。

ちなみにこの本ではロックステディは1964年から、となっており
ブルー・ビートは1950年代中盤以降(最初期のダブ、スペシャルとして
録音されていた時代からということでしょうか)、
そしてスカは1959年から。
(ですから、「Easy Snapin'」はレコード正規発売の時期ではなく、
1959年以前の音源というのがグッデンさんの認識ですね。)

これは(最近見直されている部分もあります。そして、きっぱりと
「ここから、この年、この曲からが何々」と言い切るのは難しいのを踏まえたうえで)
ごくごく一般的に語られるジャマイカ音楽史
「スカは(どこからスカと呼ぶかは、これがまた難しい問題ですが)
1960年代前半から1965年、またはキングストンが猛暑だった19966年夏まで、
(1963年前後から1966年までというのも多い)
1966年から1968年まではロックステディ、1969年からレゲエ」
というものとはかなり違います。

グッデンさんは前に書いたように1950年代後半からサウンドマンとして
キャリアをスタートした人で、自分でも
「当時、1950年代後半以降の現場、もしくは現場の近くにいて体験した
この目で見て、この耳で聞いたリアル、真実を伝える」とこの本に記しています。
なので、私はかねがね思っていたのですが、
前述の通説は、やはり再検証すべき点が多々あるんじゃないかと。
まあ、そんなに細かく気にしなくてもいいんですけどね、誰にも頼まれてないし(笑)

名著「Bass Culture」の文中、バニー・リーとデリック・ハリオットの発言で
「サウンド・システムのポピュラリティが更に上がった1963年か1964年頃には
テンポの速くないゆったりとした曲を求める聴衆に合わせて、ある時間帯には
スロウ・ダウンした選曲をダンスでプレイするようになった」とあり
そのスロウな選曲には当時のアメリカのソウルが使われ、ハリオットさんの談では
「独立の後だから1963年か1964年にそれらアメリカのソウル・ミュージックが
大量に入ってきて、サウンド・システムで大流行した。
実のところ、スカをすっかり覆い隠してしまったのは、このアメリカのソウルだよ。
その後は1950年代のサウンドのリズム&ブルースを巡る争奪戦と同じ様相を呈したんだ」
とあります。ハリオットさんは大のソウル好きだという点を差し引いても
無視できる話ではないんじゃないでしょうか。
「Bass Culture」文中では、この時期にジャマイカでソウル・スタイルが
大流行した事実はブームが長く続かなかったことや
文化的アイデンティティという観点からすれば「後退」期間
(ジャマイカ・オリジナルの音楽ではないですからね)
のように思われたこともあって見過ごされがちだ、とあります。
確かにグッデンさんの「Reggae Heritage」の中でも、1964年からロックステディ
とはありますが、意識的かどうかこの時期にソウルが流行ったことについては記述ありません。

(なお、ロックステディに関してはハリオットさんは、リン・テイト絡みの
ホープトン・ルイスの音源が最初で1966年より以前ではない、という見解です)

以上のことや、ジャマイカ人の趣向傾向などを総合的に鑑みた私の推測は
(この目で見たわけではないので、グッデンさんには怒られそうですが笑)
ことキングストンのダンスでは、1963年か1964年ころからはスカは一定の人気を保ちつつ
段々と人気は落ち着いて行って、1964、65年頃には下降線を辿っていったと仮定します。
本格的なロックステディ・サウンドの楽曲がリリースされ始めるまでのその間のダンスでは、
「Bass Culture」にも書いてありますが、アメリカのソウルも大幅にフィーチャーしつつ、
それらのカヴァー・ソングや比較的ゆったりとしたテンポ、サウンドのスカなどを
プレイしていたんじゃないでしょうか?
キングストンではスカとロックステディの間、1964年から1966年くらいの時期に
ワン・クッションあったと考えてよい。
一方、プロデューサーはイングランドではまだまだ売れる速いスカを録音、
販売することも並行して行っていたんでしょう、1966年くらいまで。

なので、ヤップ兄弟らのプロデュース作品はスカの音楽性にほれ込んで
純粋にプログレッシブな音楽性を求めてスカを録音したと思いますが、
商売上の理由でアグレッシブなスカをキングストンのダンスの反応とは
関係なしに製作したケースも多いと思われます。
所謂「キラー」と形容されたりするアグレッシブで賑やかな速いスカが希少価値が高いのは
年代が古いことに加え、プレス枚数が少ないことに起因していますが、
それは(スタンパーがすぐ壊れたという例外もあるかと思いますが、
もし売れるものならジャマイカ人の性質からして何とか作り直して金にしようとしますよね)
ジャマイカ市場で当時、売れなかったということですよね。
現地ダンスにおける当時のトレンドとは少し違うものだった、とでも言いましょうか。
音楽が良いか、そうでないかとは関係なく、ですよ。
趣向の問題。
実際、全部が全部とはいいませんが、(何事にも例外はあります)
1964年後半録音と推定されるものや1965年以降のその手のスカは一曲一曲はカッコいいし、
ライヴでミュージシャンが(スキャタライツらが)演奏しているのを聞くなら最高なれど
ダンス、サウンド・システムの大音量のもと、短くないある程度の時間
うまくつなげていい感じにグルーヴさせるには性急すぎると感じます。
イギリス輸出用としては満点だったことは後の歴史が証明していますけど。

えー話が横道に逸れました。
今回後半の件に関しては、Yard Link RecordsのB師匠に
今度、ご教示をあおぎたいと思っています。
次回は「Reggae Heritage」に載っているトリビアルな話をピックアップする予定です。






【 2015/08/18 16:02 】

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