音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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Soul

ラグビー、ワールド・カップ 2015
日本 対 南アフリカ

解説はフランス語
放送を見逃した方、ラスト15分のお互いに身を削るような攻防です。



スタンドに陣取った永年にわたるラグビー・ファンと思われる年配の方々の表情。
選手たちの体力、技術。
勇気。

ラガー・マンは本当にすごいな。
男の中の男だ。

ラグビーのサイト、「Rugby Republic」にこういった文章がありました。

「戦時中の沖縄で最後の官選知事を務めた島田叡(あきら)
の顕彰碑の除幕式が
6月26日、那覇市の奥武山運動公園で行われた。
この稀有なる人は「ラグビーの先輩」でもあった。
苛烈にして残酷な地上戦から70年、
以下、労作である『沖縄の島守』
(田村洋三著、中公文庫)を引きながら、ノブレス・オブリージュ、
すなわち「位高き者、務め多し」を
困難のさなかに実践した人物を紹介したい。
 
 1945年1月末、米軍の沖縄攻撃の2か月前に赴任する。
戦況は刻々と悪化、ほとんど死に身を投ずるのに等しかった。


前任知事や副知事格の内政部長は「出張」にかこつけて
職務を放棄、とっとと本土へ逃げ出す。
ここのところは人間とそのエゴイズムのひとつのあり方として
考えさせられる。
そこで大阪の内政部長であった43歳の島田に沖縄県知事発令、
元秘書官によれば、
本人は次のように話していた。

「おれが行かなんだら、だれかが行かなならんやないか。
おれが死にとうないから、誰か行って死ね、とは、よう言わん」 

ロイド式の眼鏡。どこかのんびりとした猫背。
優しい物腰の新知事は果断に政策を実行する。
住民の疎開や食糧確保に奔走、防空圏を外れて
危険な台湾へみずから赴き、
貴重な米の海上輸送を実現させる。
弱者への想像力を忘れぬ飄々としたふるまいが人望を集めた。
前掲の『沖縄の島守』の著者は、
島田知事の人格を大略こう記述している。
「美談を書きたくないので困るが、
周辺をいくら取材しても心からの敬慕しか得られない」。
いまそんなエリート官僚や国会議員は存在するのだろうか。


続きはここをクリックください。






【 2015/09/21 22:27 】

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