音楽誌等に色々書いてる石川貴教のブログ。

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闘争の倫理

昨年、「闘争の倫理」が文庫で再販されました。

私は文庫が出たの知らなかったので、先日注文しました。
ラグビー・マニア以外の方にもおススメです。
(ポンッと机に置くと、ぶ厚い本なので支えがなくともガッシリ起立します)



藤島大さんの過去のコラムから、です。

(ここをクリックでリンク先の全文が読めます)

闘争の倫理とは。

ラグビーの試合中、対戦相手のエースをめがけてパントを上げて、なだれこみ、倒し、
ボールがそこにあれば合法的に相手の頭めがけて突っ込むことはできる。
しかし、その時、思わず、力を少し緩めている。
「合法(ジャスト)」より上位の「きれい(フェア)」を優先したくなるからだ。
生きるか死ぬかの気持ちで長期にわたって努力し、いざ臨んだ闘争の場にあって、
なお、この境地を知る者を育てる。それがラグビーだ。

「スポーツをやっとる時には、二律背反の、
ええことと悪いことの選択を迫られる場に必ずおかれるんです。
その時に、自分の意思でいいほうに選択していく。これがフェアであります。
すでに決まっておるある基準によって決めるんじゃなしに、自分で決める」
(早稲田大学最終講義より。以下、同)

「ルールに従っとるのがフェアだという人がありますが、そんなもんフェアじゃありません。
ルールは人間が作ったものであります。
だからそれによって善悪を決めるのはジャスティスのジャストであります」

戦争も、戦時下の人権弾圧も、いつだって合法的に行われる。
「戦陣訓」というルールに従えば、強制的集団自決も「玉砕」と美化された。
その「汚さ」の気配を察し、抵抗していく。
それはパントで激しく厳しく闘争的になだれこみながら、
合法であろうとも相手の頭は傷つけないという「情緒のコントロール」ができる者にのみ可能だ。




【 2016/03/10 21:41 】

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